「遺伝子組換え卵胞刺激ホルモン(FSH)製剤」の
排卵誘発への効能追加および保険適用承認要望書
平成18年5月19日
厚生労働大臣 川崎二郎 殿
医薬食品局長 福井和夫 殿

NPO法人 Fine 〜現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会〜
理事長 松本亜樹子
URL  http://j-fine.jp

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
平素は医療行政並びに健康・福祉行政にご尽力いただきまして、ありがとうございます。
私どもNPO法人Fine(Fertility Information Network)は、不妊体験をもつ当事者によるセルフ・サポートグループです。(会員数約500名/2006年5月現在)
私どもは、不妊治療患者が正しい情報に基づき、自分自身で納得して選択した治療を安心して受けられる環境を整えること等を目的として、主にインターネットを通して情報を提供し、不妊当事者同士、また当事者とその周囲の方々のネットワークを構築するべく活動しています。さらに、公的機関への働きかけなどを行なうことによって不妊に関する啓発活動、意識変革活動も行なっております。昨年私どもから厚生労働省に要望書を提出させていただきましたGnRHアンタゴニストに関しましては、このたび承認をいただき、発売の運びとなりましたこと、衆議院TVで拝見いたしました。私ども患者一同心から喜び、感謝申し上げております。
今回は「遺伝子組換え卵胞刺激ホルモン(FSH)製剤」の排卵誘発への効能追加および保険適用につきまして、その早期承認を要望いたします。

ご承知の通り、日本における不妊症に悩むカップルは10組に1組といわれて久しく、何らかの不妊治療を受けている人は30万人近いと推測されています 1)。現代では不妊治療を行なう医療施設の増加や自治体による不妊相談窓口の設置など、受診や相談もしやすくなったことに加え、生殖補助医療の技術も年々向上しており、日本産科婦人科学会の2003年の出生数調査によると、体外受精によって国内で生まれた子どもは2003年までの累積で11万7589人となりました 2)。さらに2003年単独では年間出生数112万3610人 3) のうち、体外受精によって生まれた子どもの数は1万7400人と全体の1.55%を占め、体外受精だけでも実に65人に1人以上の割合となっています。
 ここに表れていない数字として、人工授精やそれ以前のタイミング法といわれる不妊治療方法で妊娠・出産する人も少なくありません。それらの出生数をあわせると、日本全体の年間出生数のうち不妊治療によって生まれた子どもの割合はもっと高くなるのではないかと推測されます。

 しかしながら、その治療に欠かせない下垂体性性腺刺激ホルモン製剤に、供給の不安が出てきたことを知りました。これは私ども不妊患者にとっては、非常に深刻な事態です。
オルガノン社から発売されているヒュメゴンは、オランダ在住の閉経後婦人の尿から製造されているそうですが、昨年4月にオランダで変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(以下、vCJD)患者が確認されたため原料の確保が困難となり、いずれ供給が停止されることを厚生労働省のウェブサイトで知りました 4)。
私どもも、現在発売されている下垂体性性腺刺激ホルモン製剤が、すべて閉経後婦人の尿から製造されているということには、以前より強い懸念を抱いております。メーカーの供給停止に関しては、vCJD患者の尿を実験的に投与した動物で病変が発生したとの報告があり、安全性の面から、vCJD患者が確認されていない安全国で収集された尿のみを原料として認めているとのことで、やむを得ない処置であると理解しております。
しかし今後、治療のために安全な薬剤が十分に供給されるのかについて、強い不安を感じます。不妊治療に臨むカップルにとっては治療薬が安定して供給されることは、必要不可欠であり、最低限満たして欲しい条件のひとつであるからです。
現在、下垂体性性腺刺激ホルモン製剤を製造している製薬会社はオルガノン以外にも複数あり、また、これら製薬会社の製品はvCJD患者が報告されていない国で採取した尿を用いて製造されているということで、今後の供給には問題がないと聞いております。しかしながら、同社のヒュメゴンが市場占有率約35%であることを考えると、今後治療に必要な量が安定的に確保できるのかという点では疑問を持たざるを得ません。不妊治療患者数は確実に増加傾向にあり、また、昨年はオランダに加えスペイン、ポルトガルでもvCJD患者が報告され,今後も原料となる尿が収集されている国でのvCJDが発生する危険性が考えられます。このような事からも、ますます下垂体性性腺刺激ホルモン製剤の供給が困難になるのではないかと大変危惧しております。
その一方で、遺伝子組換えFSH製剤が昨年承認され、日本でも使用可能となっています。これは原料を閉経女性の尿に頼るものではないため、安全性と安定した製品供給の面で信頼が置けると言えます。海外では既に1996年から、現在では80カ国以上で発売されており、広く排卵誘発と体外受精の治療で使用されています。しかしながら日本においては現在、適応が体外受精に限られていることと保険適用されていないことから、せっかく承認されたというのに、私達患者にとって使いやすい環境であるとは言えません。これはとても残念で、不便なことであると考えます。もしも他の製剤と同様に排卵誘発の効能が追加され、保険適用下で使用可能になれば、下垂体性性腺刺激ホルモン製剤と併せることで安定した供給も実現可能になり、治療の選択肢が増えることにもつながって、私ども患者にとっては治療環境の向上という面で大きなメリットとなります。

婚姻年齢、出産年齢の上昇に伴い 5)、今後ますます不妊治療を受ける患者が増えることが予想される現状においては、患者が望む治療を広く安全に受けられる社会の実現が切に望まれています。私ども患者は妊娠年齢の限界と戦いながら、それでもいつかわが子をこの手に抱ける日だけを夢に見、信じて、日夜努力を続けております。どうか、遺伝子組換えFSH製剤の排卵誘発への効能追加と保険適用につきまして、一日も早く承認していただけますよう、お願いいたします。
                                                   敬具

<参考>
1)不妊治療を受けている患者数:平成10(1998)年度厚生科学研究費補助金厚生科学特別研究「生殖補助医療技術に対する医師及び国民の意識に関する研究」では、不妊治療の患者数を284,800人と推測。
2)体外受精(顕微授精を含む)での累積出生児数:平成2003年(15年)の報告では117,589人。『日産婦誌』57巻第10号・「平成16年度倫理委員会・登録・調査小委員会報告」, 1601-1629,2006より
3)2003年(平成15年)の出生数:1,123,610人。「人口動態統計」(厚生労働省)より
4)「平成17年度第1回伝達性海綿状脳症対策調査会資料」(厚生労働省)より
5)女性の初婚年齢:1970年は24.2歳、2004年には27.8歳。「人口動態統計」(厚生労働省)より
第1子出生時の母の平均年齢:1965年は25.7歳、2004年には28.9歳。「人口動態統計」(厚生労働省)より。


<参考文献>
・ 『産婦人科の世界』vol.57(医学の世界社)「調節卵巣刺激(COS)における遺伝子組換え卵巣刺激ホルモン[フォリトロピンベータ(遺伝子組換え)、Org32489、フォリスチム注、Follistim Injection]の有効性および安全性」中村幸雄
・ 『メディカル・サイエンス・ダイジェスト』2005年31巻10月号(ニューサイエンス社)
 「リコンビナントFSH製剤への道程」武谷雄二
 「リコンビナントFSHの基礎および今後の展望」苛原稔
 「リコンビナントFSHの体外受精−胚移植への応用」村田泰隆/森本義晴
 「リコンビナントFSHの排卵誘発への応用」石原理
 「性腺刺激ホルモン製剤の自己注射の可能性」久保春海



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