「胚培養士を志す産婦人科医のひとりごと」
Fine会報誌 2009年夏号(vol.20) より
聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター 杉下陽堂先生

今回Fineさんの会報誌に寄稿させていただく機会を与えていただきありがとうございます。まず自己紹介をさせていただきます。神奈川県川崎市にあります聖マリアンナ医科大学産婦人科、生殖医療センターの杉下陽堂と言います。はじめまして。

私は産婦人科医です。以前は「超音波による胎児診断学のエキスパートをめざすぞ!」と思い頑張っておりましたが、縁があり大阪にあるIVFなんばクリニック森本義晴先生、IVF大阪クリニック福田愛作先生の両院長に出会い、不妊治療を学びました。現在は当科・石塚文平教授のもと「卵巣機能不全の患者さんにかわいい赤ちゃんを!」と思い、治療とその基礎研究に励んでいます。
生殖医療に携わると卵子や精子の知識が要求されることを実感します。また知識を要求されるだけでなく、その処理を自分で行ないたい、ちゃんと患者さんに卵についての説明をしたい、少しでもより良い医療を患者さんに提供したいという思いから、生殖補助医療胚培養士の試験を受け、無事合格しました。今では産婦人科医として、また卵を扱うエンブリオロジストとして日々頑張っております。

私がめざしている医療は、一人でも多くの患者さんに、その人の希望と状態に合った不妊医療を行なうことです。不妊医療は残念なことに期限付きの医療です。女性は妊娠し、出産できる年齢に制限があります。妊娠可能年齢でありながら早い時期に妊娠がむずかしくなる方々がたくさんいます。限られた時間の中で不妊医療を受けるわけですから、自分の状態をしっかりとご自身で把握することが大切です。いやな話ですが万が一、妊娠しないまま体が妊娠できない年齢や状態になっていったとしたらきっと後悔するでしょう。あの時にこうすれば良かった、ああすれば良かったと思うかもしれません。そうなってはいけません。期限付きの医療なのですから、あなたに合った医師を見つけ、最善の治療を受け、かつ自分で納得し、選択し医療を受けてください。

私は不妊を専門にしています。しかし、赤ちゃんを手にすることが必ずしもゴールだとは思っておりません。ちょっと矛盾しているように思われるかもしれませんが、それは後ほどお話ししたいと思います。

まずはじめにあなたの希望に合い、かつあなたの状態に合った医療を実践するにはあなたの状態を把握することと申しました。これが一番大切です。今不妊治療を受けている方、自分の状態をちゃんと説明できますか? どうして今の治療があなたに必要なのでしょうか。説明できますか? 説明できる方は良いと思いますが、私が知る限り自分の状態を把握し、自分の治療を説明できる方は非常に少ないのが現状です。それではダメです。自分の状態を説明できない方は、次の受診日に主治医にちゃんと説明してもらいましょう。納得できるものなのかどうか、自分自身で確認してください。では自分の状態を把握するための手助けを説明しましょう。

まず一般不妊治療についてお話しします。
不妊の原因としては(1)卵管性不妊症、(2)免疫性不妊症、(3)男性因子、(4)卵巣性不妊症、(5)子宮性不妊症、(6)卵子、と大別することができます。どこに自分の不妊原因があるのか理解するためには検査が必要となります。

(1)卵管性不妊症:卵管が狭窄・閉塞。卵管采が癒着、卵管采周囲が癒着の場合です。多くの書籍にはクラミジアが原因と書いてあります。実際にはクラミジアだけではありません。以前に腹部手術をしたことがある方、子宮内膜症にかかっている方、また感染症の既往歴がなくとも原因がはっきりせずに癒着や狭窄、閉塞を起こすことがあります。はじめに子宮卵管造影検査を受けてください。子宮卵管造影検査を受けずにタイミングや人工授精を受けている方がいらっしゃいます。確かに、それで妊娠につながらなければ、子宮卵管造影検査を受けるという考え方もありますが、私の個人的な意見としては、治療をスタートする前に検査を受けておいたほうが良いと思います。もし治療が進み、妊娠しない原因が卵管閉塞であったら、それまでに費やした時間とお金が無駄になってしまいます。また「卵管通水検査や卵管通気検査はどうか?」と質問を受けることがあります。卵管が通っているのみの判断であれば、それでも良いかもしれませんが、卵管狭窄や卵管采周囲の情報はわかりませんので、子宮卵管造影検査のほうがより良いと私は思います。少し前に戻り、余談になりますが、最近クラミジアあるいは淋菌をもつ患者さんが非常に増えてきています。避妊用ピルが広まり、多くの人が性交渉時にコンドームを使わなくなってきているからです。避妊用ピルを使えば避妊の効果は高いけれど、性行為感染症にはかかっている、あるいはかかっていた方が急増しています。不妊治療の開始前には必ず性行為感染症を確認してください。知らず知らずにかかっているかもしれませんからね。もしもかかっていたとしたら早く治療が必要になりますから、検査は早めに済ませておきましょう。おっと、本題に戻ります。                
では子宮卵管造影検査で卵管狭窄や卵管閉塞が見つかったとしましょう。多くの場合には体外受精をすすめられます。しかし、いきなり体外受精をする必要があるのか問題です。当病院では卵管鏡下卵管形成術をおすすめしています。子宮卵管造影検査のように、腟→子宮内→卵管とカテーテルを進め、風船を膨らませ、細い卵管を広げたり、あるいはくっついた卵管を広げたりすることができる手術です。卵管のみに問題があり、それが解消されれば、体外受精の必要がないですからね。それでも妊娠しないのであれば、やはり体外受精が必要かもしれません。これも選択です。状況を把握して何を選択するかが大切だと私は思うので、主治医とよく相談してくださいね。

(2)免疫性不妊症:初診時に検査することをおすすめします。特に抗精子抗体です。精子に対する抗体を持っている方がいます。女性側として100人に1人、男性側として1000人に1人いると言われています。こういう方は性交渉での妊娠率はかなり下がります。タイミング治療、人工授精を受けている方でまだ検査をしていないのであれば、調べたほういいでしょう。治療後に妊娠しない理由として抗精子抗体が陽性であれば、原因が明確ですからね。対処の仕方もいろいろあります。その他の自己抗体やホルモンなどは、不妊治療を継続していく過程で、必要に応じて検査を行ないます。

(3)男性因子:最近多いケースは、精子の数が少ない、運動率が低い、勃起障害などです。中には精子が一匹もいない方、精子がすべて死んでいる方などもいらっしゃるので、不妊治療を始めたら早い時期に精液検査を一度必ず受けておいてくださいね。また勃起障害のほとんどは心因性勃起障害です。この場合バイアグラなどを一時的に使用し、勃起しないかもしれないといった不安要素を取り除くことが大切です。

(4)卵巣性不妊症:ホルモン分泌はちゃんと行なわれていますか? そう聞かれてもわかりませんよね。月経不順はないですか? 月経周期が以前より短くなっていませんか? 月経血の量が少なくなってきていませんか? 特に3カ月以上月経が来なかったことがある方、ダイエットをして月経が来なくなったことがある方は要注意です。月経3日目前後のホルモン値を測定してもらいましょう。場合によってはLH−RHテストと言って、注射をして、30分後、1時間後、2時間後の採血をし、ホルモン状態がどうなっているのかを確認する必要があるかもしれません。卵巣機能がしっかりと働いているかどうかを確認してもらってください。その結果を見てホルモンコントロールが必要なのかどうか、必要であれば薬を内服しなければなりません。

(5)子宮性:超音波検査で子宮内にポリープ、筋腫、腺筋症などが見つかることがあります。これは着床障害の原因となるだけでなく悪性の可能性も否定できませんので、必ず精密検査を実施したうえで不妊治療を受けてください。

(6)卵子:原因検索をすべて行なって問題がないのに妊娠しないことがあります。そういう場合には体外受精を受けてみてください。体外受精をすることで卵子の具合や受精の状態がわかります。体外受精をすれば妊娠すると思っている方がいらっしゃいますが、体外受精の妊娠率は確かにタイミング療法や人工授精より良いものの、必ず妊娠が成立するわけではありません。ただ問題点が明白になることがあるため、主治医とよく相談し今後の治療に役立てることができます。

自分に合った不妊治療の例えとして、人工授精で説明をしたいと思います。本当にあなたは人工授精の適応なのでしょうか? 妊娠率がタイミングより良いからですか? 人工授精の一般的な妊娠率は10%以下です。女性側に問題は特になく、夫の精子の状態が性交渉で妊娠はむずかしいが、体外受精の適応にはならない程度の精子の量と運動率がある方が対象となります。しかし、多くの病院で夫の精子の状態が良いのにもかかわらず、人工授精をしている方が数多くいらっしゃいます。本当に必要なのでしょうか? 患者さんの気持ちのうえで体外授精に行く前にステップを踏んだと納得するために行なっている病院も数多くあります。実際には精子の状態が非常に良く、他に原因がなく何周期もタイミングをはかっているのであれば、次は医学的には人工授精ではなく体外受精です。しかし多くの患者さんはこのステップアップに違和感を覚えます。どうしてでしょうか? 治療をしっかりと理解していないために人工授精を行ないたいと思う方が多いようです。しっかりと主治医と相談し理解していれば必要ない治療にお金と時間をかける必要はありません。あなたの治療理由を説明できますか? できない方、主治医と相談してあなたの体の状態、卵の状態についてちゃんと説明を受けて自分の状況を理解し、把握してくださいね。

次に聖マリアンナ医科大学生殖医療センターが他施設より先行している技術についてお話しします。「早発卵巣機能不全」を聞いたことがありますか? これは早発閉経、POF(Premature Ovarian Failure)とも言われ、40歳未満で閉経状態を示す患者さんの病名です。40歳未満の100人に1人の女性がPOFと言われています。原因として血液検査で自己抗体陽性の方が20-25%、染色体異常が15%前後、遺伝子異常が5-10%、その他は以前に卵巣の手術をした方、がんなどによって放射線治療を受けた方、化学療法を受けた方と言われており、また甲状腺疾患、副腎疾患のある方にPOFの患者さんが多い傾向にあると言われています。
月経異常より始まり、いきなり無月経になり、来院時すでに卵巣機能不全になっている、そんなケースが多く見られます。多くの患者さんは卵巣機能不全の治療をしっかりと受けずに日々過ごしています。その結果、赤ちゃんを手にするまでの道のりがとても長くなる、あるいは赤ちゃんを手にすることができない、そんなこともあります。当生殖医療センターではPOF患者さんの排卵誘発に成功しており、2009年5月12日の新聞(地方紙47紙)に掲載されました。いままでの産婦人科治療ではPOF患者さんは妊娠しない、赤ちゃんは諦めてホルモン補充療法(少量の女性ホルモン投与)にて将来的に骨折や生活習慣病にならないように治療すると言われてきました。私たちはPOF患者さんを排卵に導き何とかして妊娠をめざしてきました。今ようやくその兆しが見え始めてきたところです。POF患者さんの中には卵巣が萎縮し、そのためにもう二度と卵胞形成をしない、排卵しないと思っている誤解があります。確かにPOF患者さんに対して腹腔鏡で卵巣の萎縮具合を確認し、卵巣生検を行ない、卵巣に原始卵胞が残っているのか判断し、今後の治療で挙児が見込めるかどうかを調べることがあります。私も以前は卵巣の萎縮が著しい場合にはもう二度と卵胞形成はしないと思っておりましたが、それでも排卵誘発を駆使すると排卵することがあるのです。今春の受精着床学会誌に私の論文が掲載されていますが、POFと診断し、経腟超音波で卵巣を見つけることができないほど高度に萎縮していたとしても、排卵誘発を駆使することで卵胞が形成し、卵子を採取し体外受精できることを私は確認いたしました。確かに非常にまれなことかもしれません。しかしまれであっても、可能性はゼロではないと私は思っています。現に当院のPOF患者さんたちの約20%弱の方々は卵胞形成をしています。卵胞形成した場合には体外受精を施行します。というのも性交渉での妊娠率は低いため、少しでもその確率を上昇させるために体外受精を行なっています。そして今、この治療により妊娠している方がいます。

多くの産婦人科医に、「そこまでして患者さんに経済的・時間的・精神的負担をかける意味があるのか」と質問されます。答えは「あります」。これに代わる方法は、海外で卵子提供を受けるか養子を迎えるかだと思います。私は少しでも可能性があり患者さんが望むのであれば、可能な限り自分の卵で子どもを手にしてほしいと考えています。可能性は低いかもしれない、非常にきびしい道のりかもしれない、でも患者さんが望むなら私は精一杯試行錯誤して、ともに頑張りたいと思います。
「どうすれば?」と思う方もいるかもしれません。少し専門的な話になりますが、卵巣というのは卵を育てるのに120日かかります。だから体外受精を実施する場合は、この周期を考慮して卵巣刺激をします。刺激(注射)量や刺激するまでのホルモンコントロールがPOF患者さんには特に重要です。当院では血流改善薬を使用したりDHEA(性ホルモンなどの原料)を使用したりとさまざまですが、使うタイミングを間違えると状態が悪くなってしまいます。また刺激中も採血して、FSH、LH、エストラジオール、プロゲステロン、抗ミュラー管ホルモンを測定しつつ、状況把握をして卵胞形成を行なっています。最近の成功した患者さんの例をあげますと、4年ぶり、5年ぶりに卵胞形成し、採卵し、卵子が採れ、無事受精して凍結胚として保管されている方が何人もいます。胚移植するためのホルモンコントロールをしていたり、人によっては貯金と言って、もう一つ受精卵を貯めるために刺激を頑張っている方々もいます。何が言いたいかというと、確かに非常に厳しい道のりですが、それでも4年、5年と頑張っているうちに、ホルモン状態が良くなり、卵胞形成し、上手くいっている方々がいるということです。だから私は、自ら治療を中止しましょうかとは言いません。私たちは精一杯試行錯誤し卵胞形成するように努力します。もし患者さんの心が疲れてしまい、もう治療は続けられない、あるいはもう十分に頑張ったとお思いになったら、早めに言ってくださいとお伝えしています。また他院を受診されたくなった場合も、止めませんし、その場合は紹介状を書いてお渡ししています。なぜなら卵巣機能不全の治療を積極的に行なっている病院を私たちは当院以外知りません。いい加減な処方をされると、もう二度と卵胞形成しない状況にますます導いてしまいます。それでは今までの治療が無駄になってしまい、患者さんにとって望ましくないからです。
もう一つお伝えしないといけないことがあります。
もしも妊娠しなかったら・・・。今まで妊娠する方向でお話をしてきました。それも私は不妊症を専門にしているからです。妊娠できないことがどんなに辛いことなのか想像を絶します。しかし子どもを授からないことをあなたとご主人がともに受け入れ次の人生を歩むのであれば、それはそれで素晴らしいことだと思います。

その時あなたが、POF患者で45歳未満でしたら、ホルモン補充療法をしましょう。なぜなら女性は早い時期に女性ホルモン不足になると骨粗鬆症が進み骨折したり、生活習慣病を引き起こす可能性があるからです。通常の女性ホルモン補充療法は約3年ぐらいでしょうか。それ以上の長時間にわたるホルモン補充療法はどの病院でもあまりやっておりません。しかし、不妊治療をするほどではないですが、POF患者にはわずかな女性ホルモン補充が必要になります。ちゃんと受診し定期的に精査すれば大きな問題は引き起こしません。
何より患者さんの気持ちが一番大切です。治療を頑張るべきなのか、諦めるべきなのか、わからなくなったら主治医に相談しましょう。それでも自分の心の中が整理できなかったら、生殖医療を専門とする臨床心理士の先生と相談しましょう。自分の思い込みによる判断をしてはいけません。信頼のできる主治医を見つけ、その主治医によく相談し自分を把握し前進することが大切です。それは挙児希望であっても、逆に赤ちゃんを諦めるにしても大切なことなのです。赤ちゃんを手にすることを目標に頑張っていますが、それだけがすべてじゃないです。人生にはいろいろあります。それを一緒に乗り越えて行くパートナーをみなさん、すでに見つけています。だからどんな結論であってもご夫婦で助け合い、いろんな人の力を借りて乗り越えましょう。そのためならいくらでも協力したいと思い、日々診療に当たっています。
最後に当院の生殖医療センターの治療についてお話ししたいと思います。当院では産婦人科不妊外来にて、一般不妊から難治性不妊まで診察させていただいております。他院と違うことと言えば、体外受精領域ではIVF(一般体外受精)の他に、IVM(未熟卵体外受精)を取り扱い、独自の方法で体外受精を行なっております。体外受精前であれば、卵管鏡下卵管形成術を行なうことで卵管閉塞や卵管狭窄の患者さんも体外受精ではなく自然妊娠できる可能性があります。検査と言えば、通常の女性ホルモンのみならず、AMH(抗ミュラー管ホルモン)測定を行なっております。私たちは、患者さん一人ひとりに合ったその人のための治療をめざしています。ご自身に合った治療を見つけるためには技術のみならず、あなたが相談しやすい主治医を見つける必要があります。お近くの不妊専門病院もしくは一般病院でも不妊を専門とする医師を見つけ、相談しつつ、あなたが納得いく治療を継続してください。その治療が実を結ぶよう、心より願っております。

※聖マリアンナ医科大学病院
 URL: http://www.marianna-u.ac.jp/hospital/


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