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「米国の非配偶者間生殖医療の現場から」 「選択の自由があるからこそできる夫婦なりの決断」
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Fine会報誌 2008年夏号(vol.16) より
IntroMed,Inc.IFC 川田ゆかりさん |
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この度は、Fine会員の皆さまに、貴会報を通じてご挨拶できる機会を頂戴しましたことを心よりお礼申し上げます。以前に、日本でFineの理事の方々やメンバーの方々とお目にかかった際に、皆さまの真摯な姿勢を目の当たりにし、少しでも皆さまのために情報提供をさせていただくことができればと思い、筆を取っております。
私たち
IFCは、米国サンフランシスコ市に本社を置き、日本から渡米される患者さまご夫妻の生殖医療コーディネート業務を行なっております。1995年の設立以来13年の間に、およそ550組以上のご夫妻のお手伝いをして参りました。
提携クリニックであるパシフィック生殖医療センターの院長・カール・ハーバート医学博士が日本人患者さまの担当をいたしておりますが、博士は、1982年に米国で初めて体外受精が行なわれたその歴史の始めから治療に携わってきた専門医です。同博士は、1984年からドナー精子による体外受精、1987年、つまり今から20年以上も前から、代理出産・卵子提供プログラムといった女性側の第三者を関与させた非配偶者間体外受精プログラムに携わって参りました。 パシフィック生殖医療センターの卵子提供プログラム年間総サイクル数は、全米一(注:現在最新の2005年の全米の統計より。『単一施設』によるサイクル総数)となっていることから、多分全米でも、非配偶者間体外受精プログラムの実績においては、博士の右に出る医師はいないであろうと思われます。同センターでは、もちろん、人工授精や配偶者間体外受精を含み生殖医療全般の治療を行なっており、近年では、着床前遺伝子診断、卵子凍結プログラムなども行なっております。 男性不妊治療については、NOA(非閉塞性無精子症)の患者さまのための精子FNAマッピング(精巣内の組織のどこにその貴重な精子が存在するか、を探し当てる最先端技術)の世界的権威である、ポール・テューレック医学博士とのコラボレーションにて治療に当たっております。事前に充分なご相談とカウンセリングを行なうため、日本では、弊社東京オフィスを通して情報提供と渡米準備のお手伝いを行なっております。
■IFCの「医療コーディネーター」としての業務 医療業務の分業化が進んでいる米国では、直接医療を施す医師や看護師・エンブリオロジストら医療者の他、弊社のような「医療コーディネーター」が、先端医療の現場では必要とされています。 とかく先端医療の分野では、医療プログラムそのものが複雑であり、インフォームドコンセントや書類手続きなど、一般の患者さまには一目ではわかりにくい煩雑な手続きや膨大な量の書類準備が必要です。特に非配偶者生殖医療プログラムの現場では、弁護士、心理カウンセラー、ソーシャル・ワーカー、卵子ドナーや代理母本人やその家族、そして卵子ドナーや代理母の登録機関、精子バンク、といったさまざまな専門家、関係者、外部機関も、医療プログラムが安全にかつ健全に行なわれるために必要な構成者でもあります。治療を首尾よく進めるために、これだけ多くの関係者と患者さま本人との間に立ち、当事者の健康状態を管理しつつ、医療として最善のタイミングで最良の治療が行なわれるよう、すべての条件を整え促進していく、というのが私たち「医療コーディネーター」の役割なのです。
私どもIFCは、日本から渡米されるご夫妻のお手伝いをさせていただくわけですから、それら一般の医療コーディネート業務に加えて、通訳・翻訳・付き添い・薬剤手配・情報提供・カウンセリング、といった業務や、送迎や宿泊先での手配などまでも行ないます。いわば、「不妊治療のコンシェルジュ」あるいは「不妊治療」という名前の「旅」をされる患者さまと一心同体で、「健康な赤ちゃんを授かる」という目標に向かってお手伝いする「水先案内人」というわけです。 私たちは心理カウンセラーとは異なりますが、常に「心のケア」を念頭におき患者さまのその時々の心理常置も考慮したうえで、必要業務を行なうことも、私たちの重要な役割となっています。 よく、「斡旋業者」などと、誤った認識の呼び方をメディアで見かけることがありますが、米国の良識のある生殖医療プログラムを行なう現場では、斡旋業者などは存在しない、というのが真実のところです。
■米国と日本のあいだで思うこと 日本の生殖医療技術は、米国と同様、世界最高水準であることは間違いありません。両国とも、優秀な医師や看護師、エンブリオロジストやスタッフも揃っています。日本でも当然、配偶者間生殖医療は一般に行なわれていますから、必然的に私たちの米国での業務は、日本でまだ自由に受けることができない、卵子提供プログラムや代理出産プログラムといった非配偶者間生殖医療や、着床前遺伝子診断プログラムとなります。現時点では、弊社プログラム総件数の9割近くが、卵子提供プログラムとなっております。代理出産プログラムに関しては、日本人を含む米国外居住者が加入できる医療保険の状況が近年悪化したため、その保障が充分ではないと考え、一時休止しておりましたが、日本では禁止の方向へ進んでいる状況の中で、行き場のない方たちからの多くの悲痛な声を受け止め、今年に入ってから保険環境に充分な注意を払いながらの再開ということになっております。
13年間この業務に携わって思うことは、日米ともに、お子さんを授かることを切望しているにも関わらず、大変なご苦労を重ねていらっしゃるご夫婦が何と多いことか、ということです。今、日本から渡米されて治療を受けるご夫婦に対して、最高水準の医療技術をもって、医療的にも法的にも社会的にも安全な治療のお手伝いをする、というのが私たちの務めと思っております。更に、それと同時に、「選択肢の提供」そのものが重要であるとも私たちは考えています。私たちのスタンスは、決して卵子提供や代理出産といった治療を「押し付けて」いるのではなく、あくまでも、今現在、世界のどこかでは可能である選択肢のなかから「選ぶ自由」をお手伝いしている、ということであると認識しております。
患者さまそれぞれの一回しかない人生の中で、国境を越えても最善の選択を求める権利がある、と考えたいのです。また、「選ぶ自由」がある、ということは、各種選択肢の「正しい内容」を検討したうえで、「選ばない自由」も与えられている、ということを意味します。同じ「選ばない」結果になったとしても、自分自身の決断で「選ばなかった」のと、「選べなかった」のでは、一度しかない人生を生きていくうえで、大きな差が出ます。私どもにお問い合わせくださり、非配偶者間生殖医療について充分考慮したうえで、治療に終止符を打ち、「夫婦二人で生きていこう」と、前向きに「選ばない選択」をしたご夫婦もいらっしゃいます。それぞれの個人的な選択は、その人個人にとって最善の選択である、ということを忘れてはならないと思います。
更に、「女性のからだと健康」ということについても、広く事実を知っていただこうと、昨年「いつまで産める?わたしの赤ちゃん」(実業之日本社・刊)を上梓いたしました。女性がどんなに健康で若々しくても、卵子の老化は非情なほど、加齢とともに進んでいくこと、その事実を知ったうえで家族計画を立てていただきたいこと。そして、「妊娠は自然にまかせる」という年齢の限界も知っていただきたい、ということ。更には、乳がんや子宮頚癌の検査を20代のうちから未婚でも受けることによって、癌の早期発見を促し、抗がん剤や放射線治療により卵巣機能を失ったり子宮を失ったり、ということを未然に防ぐ可能性もあること。もしも卵子提供や代理出産という、言わば「最後の手段」を使わなくてもよいようにできるなら、その点についても広く情報提供をすることもまた務めだと信じています。
■米国での選択肢:卵子提供プログラム 現在、全不妊治療プログラムの中で、一番成功率が高いのが、卵子提供プログラムです。私たちのプログラムにおいては、一回の胚移植につき75%(胚盤胞二個の移植)という極めて高い成功率を安定して挙げております。これは、やはり生殖力の高い卵子による受精卵の着床率・出産率が極めて高いからに他なりません。ただ、正直に申しまして、いくらこのように高い成功率でも、医療である限り、人間の身体を扱うことである限り、どうしても100%の結果を保証することはできませんが、それでも、プログラムに参加される方の95%以上が最終的にお子さんを授かっていらっしゃいます。 弊社を通して卵子提供プログラムに踏み切られる方のご年齢層としては、やはり自己卵子による治療を長く継続されていた方が多いため、現在ではおよそ全体の7割弱が40代の女性となっております。5年ほど前までは、全体のおよそ8割が40代の方だったことを考えると、近年になり、卵子提供プログラムの適応となる状況についての情報が浸透し、早い段階で踏み切られる方が増加してきたといえるでしょう。また、卵子提供プログラムをあらゆる側面から安全に行なうための総費用が、およそ5万ドル以上と高額であるため、これは特殊階級のご夫婦のみが恩恵を受けることができるのではないかという予想に反し、全体の9割ほどが、ごく一般的なサラリーマン家庭や公務員家庭の方々となっております。 全米の統計の最新版である2005年度の数値を見てみますと、体外受精治療において行なわれた胚移植総件数(新鮮胚・凍結胚による胚移植の合計)は、125,295件で、そのうち14,646件、つまり何と全体の11.7%が提供卵子による胚移植だった、ということになります。日本では、卵子提供プログラムが「新しい選択肢」あるいは「特異なもの」と見られがちですが、米国では「ごく一般的な生殖医療の選択肢」として市民権を得ているのです。
それはなぜでしょうか? その答えは、ずばり「女性の年齢と卵子の生殖力」の関係がきちんと広く知られている、という事実にあります。全米の統計では、「体外受精治療の結果、無事出産する確率」は、その女性が、満45歳の段階で、ほぼ0%である、という大変厳しい数値が明確に出されています。確かに、自己卵子による体外受精は、米国で年間11万サイクル以上も行なわれていますから、その中には稀に45歳を越えた女性が無事お子さんを出産しているケースがないとはいえないでしょう。しかし、どんなに若々しく健康な女性でも、満45歳頃になると、卵子を採取することができても、見かけはグレードの良い受精卵となっても、着床しない、あるいは着床しても初期流産に終わるなどして、「元気な赤ちゃん」として生まれるに至らない、というのがほとんどである、という大変厳しい現実があるのです。限りなくゼロに近い可能性に向かって自己卵子による治療を続けるかどうか、あるいは自己卵子を諦め、第三者のドナー卵子による治療を受けるか、あるいはそこで治療を終了するか(夫婦二人で生きていく、あるいは養子縁組を行なうなどの選択肢)、その段階で米国の生殖医療施設では、患者さまとじっくり話し合うことになります。年齢に関わらず、体外受精サイクルで成功をみないまま、5回以上繰り返す場合も同様です。また、米国のほとんどの生殖医療クリニックでは、心身の負担が大きいにも関わらず、良い結果が見込めないとして、その女性の満45歳の誕生日にて、自己卵子による治療の終結を促しています。
私どもの卵子提供プログラムにご参加に至る日本の患者さまの中で、全体の3割ほどが、早発閉経や卵巣摘出などで残念ながら採卵がまったく見込めない方であり、残りの7割ほどが加齢による卵巣機能低下、あるいは過去の長い治療の中で芳しい結果が出なかった方となっています。 卵巣機能低下により卵子提供を受けた方のうち、およそ90%が過去にIVFを4回以上繰り返されており、10回以上という方は全体のおよそ40%、20回以上の方も何と15%もいらっしゃる、というのがこれまでの状況です。これは、心身への負担の多い治療を、長きにわたり継続した患者さまが多数いらっしゃる、という事実に他なりません。もちろん、それまでの治療に費やした時間と労力や費用も膨大なものになることは容易に想像がつきます。通院のために仕事を辞めざるを得なかった方、あるいは逆に体外受精の費用を捻出するために無理に仕事を続けた方などのご苦労もよく耳にします。 当然、自己卵子による妊娠をまず望むのが自然なことであり、それが叶う可能性に向かって全力を尽くすのが高度生殖医療でもあります。
しかし、確固とした統計結果が表す年齢と妊娠・出産率の非常な関係、あるいは体外受精を何度も繰り返しても結果が出ない場合の治療方針の見直しが必要であるように思われます。 どうしてこのように日本では多数回の体外受精を繰り返すことになってしまうのか? これは「次の選択肢」が存在しないからに他ならないでしょう。 満45歳、という年齢の一区切りがあっても、過去に20回の体外受精でうまくいかなくても、「次の選択肢」が存在しなければ、「今目の前に存在している選択肢」にすがるしかないからなのです。医師側も、頑張っている患者さまに、「もうこの辺でやめましょう」とはなかなか言えません。また、いくら統計でそのような数値が出ていても、実際何万人に一人かは、それ以上の年齢で出産が可能になっているかもしれない、と思うと、その一縷の希望に向かって治療を続けてしまう、というのも責められるものではないかもしれません・・・。 しかし、「卵子提供プログラム」という「次のステップ」が米国ではあるからこそ、「自己卵子で授からないのであれば子どもは諦める」「卵子提供を受けてまで子どもはほしくない」と考える方は、辛いけれどこの段階で治療を打ち切り、夫婦二人で生きていく選択、あるいは養子縁組を行なう選択をします。「自分の遺伝子が受け継がれなくても、最愛の夫の子どもを産んで育てたい」と感じる方は、卵子提供プログラムへと進みます。いずれにしても、新しい選択肢があることにより、「治療の区切り」をつけ、日々治療だけに費やす人生に終止符を打つのです。
よく、「終わりのないトンネルのよう」といわれる不妊治療。そんなトンネルに迷い込んで、いつ抜け出したらよいかわからない、という声も聞きます。 「自分の卵子を諦める」ということは、まだ見ぬ子どもを失う、という喪失感におそわれ、想像を絶するほど辛いことでしょう。しかし、50歳近くになっても自己卵子による治療を続けることがその女性のためになるのかどうか・・・否、であると米国の医療の現場では考えられているのです。 米国の生殖医療プログラムの一環として、必ず心理カウンセリングが行なわれていますが、特に非配偶者間生殖医療プログラムにおいては、ご夫婦はもちろんのこと、卵子ドナーや代理母などすべての当事者が心理カウンセリングを受け、自分の気持ちの整理や確認をしつつ、治療に臨むことが義務付けられています。 不妊治療では、注射の痛みも薬の副作用も耐えられるけれど、心の痛みが耐えられない・・・そんなことをおっしゃる方は少なくありません。ですから「心のケア」のため、米国のプログラムでは、カウンセリングやワークショップなどが充実しています。
去る二月に、日本生殖医療心理カウンセリング学会にお招きいただき、講演をさせていただく機会を頂戴いたしましたが、日本でもすばらしいカウンセラーの方々が活躍されていらっしゃるのを目の当たりにし、大変感動いたしました。
■私たちの願い 実際にプログラム参加された方の実に20倍ほどの方々から、真剣なお問い合わせを受けて参りました。国内ですべての選択肢が可能になることを切望される方がどんなに多いのか日々思い知らされています。また、ターナー症候群(早発閉経)やロキタンスキー症候群(子宮欠損)といった診断を受けたばかりの10代のお嬢さんや、彼女たちのお母様たちから、悲痛なお問い合わせをいただくことも多々あります。「子どもを産めない」という事実をつきつけられ、将来の結婚や恋愛など、「普通の人生の幸せ」を諦めなくてはならないのか、といった絶望感に見舞われ、生きる希望を失っていらっしゃる方も少なくありません。すべての方が実際に非配偶者間体外受精プログラムに進むわけではなくても、「選択肢が存在する」、というだけで、それからの人生に明るい展望を持ち、救われる方もいらっしゃるのです。
私たちの願いは、すべての選択肢が日本でも可能になることです。
もちろん、米国と日本では医療体制も、社会背景も異なりますから、米国そのままのプログラムを持ち込むことが最善策ではないとは認識しています。しかし、飛行機で10時間移動すると可能になる選択肢が、身近で、これまでお世話になってきた地元の先生のクリニックで可能になったとしたら、救われる患者さまがどんなに多くいらっしゃることか。日本で無理に禁止をした場合、技術がある限り、水面下で行なわれてしまう可能性が残されてしまいます。そんなことになると、治療を受けるご夫婦にとっても、ドナーさんや代理母さんにとっても、生まれてくるお子さんにとっても、危険が残ることは言うまでもありません。オープンにしたうえで、安全性を保つガイドラインを設定し、それぞれのご夫婦が自由な選択ができる社会になってほしいと願ってやみません。
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