日本看護協会神戸研修センターにて講義 (2006年)
Fine会報誌 2006年秋号(vol.9) より


愛は勝つ子さん

2006年8月1日〜3日の3日間、日本看護協会の神戸研修センターで「生殖医療と不妊看護」という研修が行なわれ、その中で不妊治療患者としてお話しする機会をいただきました。そのときの様子をレポートします。

最初にこのお話をいただいたとき「私なんかでいいのかな?」と不安でした。
不妊治療は2年半続けているけれど、41歳から治療をスタートして現在43歳の私は、不妊治療患者の中では最高齢に近いでしょうし、20代、30代の人とは感じ方や考え方が異なるのではないかと思ったからです。

研修の受講生は49名で、一般の看護職に従事されている方、つまり不妊関連の診療科に勤務されていない看護師さんが対象とのことでした。驚いたことに医療機関からの出張ではなく、自発的に参加されている方がほとんどだそうで、しかも遠くは北海道や九州地方からも参加されていました。不妊治療、不妊看護というテーマに強い関心を持って参加されていることがうかがえます。重要な役目を担ってしまったと緊張する私に、「話せる範囲で結構ですので、率直にお話しいただければ…」と担当の方が優しく仰ってくださり、少しホッとしました。

私がお話ししたのは、研修2日目の「不妊と向き合う人々の心理」という科目の中でした。与えられた時間は30分。そんなに一人でしゃべり続けられるだろうかと思いましたが、いざ話し出すとあっというまに30分経っていたという感じでした。以下、当日お話した内容の要約を記します。


私は現在43歳で、41歳のときに不妊治療を開始しました。不妊治療患者としては高齢ですし、20代、30代の方とは感じ方も違うかもしれないので、私の経験と他の患者さんに聞いた話などを交えてお話しいたします。

まず、不妊治療患者といっても抱えている課題や悩みは一人一人違うのでひとくくりにはできません。ご主人や親類からのプレッシャーでつらい思いをしている人もいれば、逆に周囲の協力を得られなくて治療をしたいのにすすめられないと悩んでいる人もいます。
ある人は、奥さまよりもご主人のほうが、強く子どもをほしいと願っていて、「子どものいない人生なんて考えられない」と、その奥さまの前で泣かれるのだという話を聞きました。奥さまはその気持ちにこたえようと焦るあまり、Aクリニックで結果がでなければB病院へ、Cクリニックが良いと聞けばまたそちらへと、藁をもすがる思いで短期間に転院を繰り返しているとのこと。奥さまばかりに負担がかかっているようで痛々しい感じをうけました。またその逆に、ご主人が高度治療(体外受精)に抵抗があって協力が得られず、治療したいのにできないと悩んでいる人もいて、その人は人工授精のためとご主人にウソをついて精子を提供してもらい内緒で体外受精に臨んだというのです。

患者さんがどういう状況におかれているのか、どんな課題を抱えているのか、難しいことですが、それらを考慮しながら治療や看護をすすめていく必要があると思います。最近では、メンタルな部分をケアするカウンセリングやグループトークに積極的に取り組んでいる施設もあるようなので、そうした機会を増やしていただければ救われる患者さんも多いのではないでしょうか。

私は幸いにも親類からのプレッシャーなどもなく、夫婦が納得する形で治療を続けていますが、私がもっとも困難に思うことは、治療と仕事の両立です。採卵、胚移植というのは排卵のタイミングでスケジュールが決まるので、前もって予定を立てることができません。急に明日やあさって休まなければならないという状況に陥ります。

41歳で不妊治療を開始しましたが、1年ぐらいはタイミング法と人工授精を試すだけで体外受精に踏み切れませんでした。それは急に仕事を休める環境になかったことが一つの要因です。できれば仕事と治療を両立させたかったのですが、年齢のタイムリミットも近いので、結局今年の3月で仕事を辞めて治療に専念することにしました。しかし仕事を辞めたからといって結果がでるというものではないのがつらいところです。治療に専念しているのに…と自分を責めて、逆にストレスになってしまう場合があります。

スポーツや勉強、仕事などは努力した分、頑張った分必ず得られるものがありますが、不妊治療の場合は体外受精を何回やったから妊娠に近づけるということはありません。努力しようにも頑張りようがないのです。ですから何気なくかけられる「頑張ってください」という言葉に傷つく人もいると聞きます。何を頑張ればいいのか…と。
つらい思いをしている患者さんにどんな言葉をかければいいのか、患者である私自身もよくわかりません。きっとこう言えば良いという言葉なんてないんだろうと思います。でも一人一人の患者さんのことを思いやって接していただければ、その思いは自然と患者さんに伝わるのではと思います。


以上のようなことを話しました。最後に主催者側の方が、不妊治療は終末医療と同じで、例えば流産した方になんて声をかければいいのか、看護者にも手が差し伸べられないつらさがある、と話されたのが印象的でした。患者さんが何を考えているか耳を傾ける姿勢、言葉はなくても「私はあなたのことを心配していますよ」というアイメッセージを患者さんに向けることできっと伝わることもあるでしょう、そんな看護者を目指していってほしいと締めくくられました。

たくさんの人の前で話をする機会はそれほどないので、緊張してマイクを持つ手が震えたりもしましたが、終わってから看護協会の担当の方に「治療中の方の率直なお話が聞けてあらためて気づかされることがありました」と言っていただき、少しはお役に立てたかなと心地よい疲労感で会場をあとにしました。
このような研修を受けた看護師さんたちが増えれば、不妊治療の現場も変わっていくのではと期待します。