日本の患者が声をあげた日
(第1回JISART施設認定審査レポート)2005/02  今日ちゃん

なんと、日本でも認定審査が行なわれる!?
オーストラリアのRTAC監査(※)の様子にすっかり圧倒され、いろんなことを考えさせられた私でしたが、日本に戻ってきてしばらくすると、目が飛び出るほど驚くニュースが飛び込んできました。
なんと日本でも、あのRTACの認定審査が行なわれる、しかもその認定審査に、患者代表委員としてFineが参加できるというのです!
まさに青天の霹靂、いや棚からぼたもち、ひょうたんからこま、いえっ、ぜんぜん違うっ! もうそれを聞いた瞬間は、こんな風に日本語もおぼつかなくなるほど気が動転しました。なんと言ったらいいのでしょう。驚き、喜び、緊張不安…いろんな思いが入り混じって全身にトリハダが立つような感触です。
もちろん、いつかそんな日がくるといいなぁとは思っていました。日本でも、あのオーストラリアのように、患者と周囲の壁を取り払った「対等」な関係の確立ができればいいのにと。
でも日本の医療の現状からいうと、患者が医療施設の審査に関わるなんて、そんなことが実現されるのは、まだ遠い未来のことだと思っていたのです。
どんなに医療業界が患者に目を向けてきたとはいっても、やはりそこには大きな壁があります。私たち患者と医療機関を隔てる、高く厚い壁。それがなくなるには気が遠くなるほどの時間がかかるのではないかと思っていたのです。
それなのに、こんなにも早くその一歩を踏み出せるなんて!
――夢を見ているような嬉しさの反面、おそらく日本初となる、このような試みの重責を感じてもいました。

でも、やるしかない。
だって、私たち患者の声を届けたい。
そう、これはFineの大切な使命のひとつなのですから。
そうして、Fineとしての、第1回JISART施設認定審査の
準備が始まったのです。

第1回JISART施設認定審査とは?
今回、認定審査を行なうこととなったのは、JISARTという医療団体です。JISARTとは、正式名称を日本生殖補助医療標準化機関といい、日本における不妊治療の質向上と患者満足を高めることを目的として2003年に結成された団体です。JISART施設認定審査とは、団体のガイドラインを十分に満たしているかを見極めるための審査のことで、その第1回目が2005年2月に実施されることになったのです。
今回は、長年のノウハウを習得する意味も兼ね、オーストラリアRTACに属する熟練の審査委員を招いて、認定審査を行なうことにしたそうです。けれど患者代表部門だけは国民性や治療環境の違いが大きいため、オーストラリアから来日して話をきいてもらってもしょうがない。そこでここはFineが全面的に行なうこととなりました。ひぇ〜、ますます責任重大。のっけから肩の荷が重くなります。
オーストラリアでは審査チームが5人(医師、看護師、サイエンティスト=培養士、カウンセラー、患者団体代表)で構成されます。日本では、まだカウンセラー常駐の施設が多くはないとの理由からカウンセラーは省かれ、残り4人で1チームとし、そのうち患者代表を除く3人はオーストラリアから来日、そして患者代表委員はFineのメンバーの中から選出することになったわけです。となると、まずはFineでメンバーを募り、認定審査グループを結成しなくては!怒涛の日々の幕開けとなりました。

Fine認定審査グループを結成
Fineには、会員で活動を手伝ってくれるサポートメンバー(通称サポメン)がいます。サポメン専用のウェブサイトがあり、通常はそこの掲示板でやり取りを行なっているのですが、私はその掲示板に大募集を掲げました。
「求む! 認定審査メンバー、大募集!!」
非常にハードな役割になるのはわかっていたので、かなり厳しい条件付きでの募集でした。「手を挙げてくれても、こちらからお断りさせていただく場合もあります」とまで書きました。気軽な気持ちで入ってくれても、きっと無理、続かない。これはものすごく大変な作業になる。このグループだけは、あらかじめそこまでの覚悟がないと務まらないと思ったからです。
もしかしたら、誰も応募してくれないかも… と心配していましたが、数名の‘勇士’が手を挙げてくれました。やった! さあ、いよいよ活動開始です!

守秘義務の誓約書にサインする!
最初のミーティングは、まず守秘義務の誓約書にサインをすることから始まりました。このグループに入ったメンバーは、実際に審査に行かなかったとしても審査をする施設の最高レベルの機密を知ることにもなりかねないからです。それは通常、部外者が知りえるはずのない知ってはいけない機密といえます。それらの情報は未来永劫、他言することがあってはなりません。私たちは審査にあたり、まずこのことの重大性を十分に認識しておく必要があると思いました。そこで守秘義務の誓約書を作成して最初のミーティングでその旨を説明し全員にその場でサインをしてもらいました。遠方のメンバーは、インターネットを使ったボイスチャットと呼ばれるテレビ電話のようなもので回線をつないでミーティングに参加してもらい、FAXで誓約書のやり取りを行ないました。
その瞬間、私をはじめ、全員の気がキュッと引き締まったような気がします。ああ、本当に重大な役割なのだということを再認識したのです。

審査の手順とその準備とは
審査の手順はおおむねこのような流れで行なわれます。
1)全員ミーティング(審査チームと、審査を受ける施設スタッフ全員)
2)セクションごとの審査(医師同士、看護師同士、培養士同士、患者は看護
  師あるいは受付の人などに同行し、施設内を審査)
3)患者ミーティング(施設に通っている患者さんたちから話を聞く)
4)チームミーティング(審査チーム全員のミーティング)
5)全員ミーティング(審査結果の概要発表)

今回の審査メンバー 全員ミーティング
私たちが準備段階において行なわなくてはならないことは山ほどありました。審査当日の一番のヤマは当然、3番の患者ミーティングの司会進行役ですが、それにはまず、参加してくれる患者さんたちが必要です。審査が日本ではまだ浸透していないこともあり、今回は各施設から直接患者さんたちへ呼びかけをしてもらうことになりました。しかし、そのためのツールは私たちFineで作成しなくてはなりません。クリニックに掲示するためのポスター、直接手渡しするためのチラシ、そしてミーティング参加のための応募フォーマット、これらの作成、さらに各施設の担当者とのやり取り、応募してきた方たちとのやり取り。それに加えて膨大な量のマニュアルの作成。私たちは様々な書類をEメールの添付ファイルでやり取りしていましたが、審査関係だけで1日20〜40通のEメールが飛び交うこととなりました。予想していたとはいえ、それをはるかに上回るたいへんさ。ファイルをしっかり読もうと印刷しているそばから、もう改訂版が送られてきてしまいます。まいった! 文書にまみれる毎日が続きました。
準備でたいへんだったことのひとつは、やはり患者募集とそのやりとりです。患者ミーティングは「患者意見交流会」と名づけて募集したのですが、これがなかなか集まりません。
できるだけ幅広い意見を公平に聞くために、さまざまな治療状況の患者さんに集まってもらいたい。そのため質問形式の応募フォーマットを作成し、その内容によって、参加してもらう人を偏りのないよう選出しよう、なーんて思っていたのですが、どっこい、応募者は必要人数にも満たず、選出にまでぜんぜんいたりません。まさに取らぬ狸の皮算用。とほほ。何ごとも思い通りには進まないものだと痛感しました。
各施設の担当者にお願いし、懸命の声掛けをしてもらった結果、徐々に応募者が増えました。

さらに最後の追い込みでどどっと応募が殺到し、予定通り選出することができたときには、全員で、ほっと一息ついたものです。その他の準備段階の苦労話は、語り出すと止まらなくなってしまいそうなので割愛しますが、とにもかくにも審査が決定してからの数カ月というもの、光陰矢の如し、いや矢よりも早し!? あっという間に審査当日を迎えることとなったのです。    

いよいよ審査が始まった!
オーストラリアから審査委員として今回来日したのはRTACの理事長でもあるサンダース医師、ピアス看護師、パイク博士(サイエンティスト)の3名です。同時通訳2名とJISART事務局から1名、Fineから代表委員とアシスタントとして1名ずつ。ときにはオブザーバーも入るという大所帯での国内大移動となりました。2週間で10数施設を回るのですから、1日ほぼ1施設計算。ともすると掛け持ちの日もあるという、タイトスケジュールの強行軍です。私たちFineの委員は、主婦ゆえになかなか泊まりの出張ができません。私は9施設に参加しましたが、他のメンバーは入れ替わり立ち代り、交代で参加することとなりました。

審査初日。新幹線で東京からの移動中に、今回のアシスタント担当のルルちゃんと二人で最終ミーティングを行ないます。目的地に近づくにつれ、徐々に緊張感が増してきました。数施設分の資料とパソコンが入ったスーツケースはずっしりと重かったのですが、それよりもずっと重かったのは肩にのしかかる重圧です。宿泊先のホテルでオーストラリアからの委員と落ち合い、最初の施設へ向かいました。私は医師と看護師の方にはオーストラリアで面識があったので、初対面の緊張がなかったのがせめてもの救いだったかもしれません。それでも施設に到着したときには、うっすらと汗をかいていました。後日パイク博士にからかわれたのですが、この日、私はそうとう顔が引きつっていたそうです。

審査は全員ミーティングからはじまり、施設内各セクションの審査に移りました。
私は先方の看護師長の案内で、ピアス看護師とともに施設内をまわりました。とても広い施設で、思ったようにまわれず、そうこうしているうちに、患者意見交流会の患者さんたちが続々と集まってきます。ああ、全部をとてもまわりきれない! でも、見ておかないと意見交流会の際に要を得ないかも。どうしよう!? ちょっとパニック。結局、手分けして超特急で必要箇所を見てまわり、急ぎ足で患者さんたちが待つ部屋へ向かいました。



患者意見交流会スタート!
いよいよ意見交流会が始まります! この会に備えて、やり取りを想定したロールプレイングを数回行なっていたとはいえ、本番はそのようにはいかないもの。とにかく、やってみるしかないのです。ひとつ大きく深呼吸をしてドアを開け、できるだけ明るく「こんにちは〜!」と挨拶をしました。緊張しているのはきっと、私たちよりも参加する患者さんたちのほう。それを思うと、勇気を出して参加表明をしてくれた一人ひとりの方に感謝の気持ちでいっぱいになります。


意見交流会の質問は、推敲に推敲を重ねた12項目。質問というより、むしろそれをテーマとして自由にディスカッションしてもらいます。ひとつずつ質問していくにつれその場の雰囲気がほぐれ、みんながどんどん話すようになっていきました。施設に対する良いところも改善点も聞かせてほしいとお願いしていた通り、実にさまざまな意見が出てきました。通院患者の生の声です。たぶん直接は言いづらいだろうなぁと思う意見も多く出て、実のある交流会になったと、手応えを感じました。ところどころでオーストラリアの委員たちからの質問も交えつつ、ルルちゃんの細やかなアシストのもと、必死で進行をこなし、終わったときには汗びっしょり。でも一方では小さな達成感がありました。

患者さんたちを心からの感謝を込めてお見送りしました。思わず私たち二人とも、安堵のため息が出てしまいます。でもほっとしてはいられません。この交流会の結果をすぐさま審査に反映させなくてはならないのです。
この後は審査委員だけのミーティング。それぞれの委員が自分のセクションの審査で気づいたこと、感じたことを話し、最後の全員ミーティングのときに発表することを話し合います。私は患者配布資料などの事前チェックで気がついたこと、そして患者意見交流会で出た意見などをまとめました。

最終ミーティングで…
いよいよ審査終了のミーティングとなりました。施設のスタッフ全員が入室し審査委員からそれぞれのセクションでの結果の発表が行なわれます。まず医師部門、次に看護師部門、培養師部門…それぞれの委員が発表していきます。そしていよいよ患者部門になりました。
「Consumer(患者代表)」と、サンダース医師から振られた瞬間、いっせいに注目を浴びて思わず息を呑みました。ピンと張り詰めた空気に身震いしそうです。私はまたひとつ大きな深呼吸をし、まとめたことをゆっくりと、伝えていきました。

驚いたのは、私(たち)の意見ひとつひとつを、施設の院長はじめスタッフの皆さんがいっせいにメモをとり、うなづきながらとても真剣に聞いてくれたことです。そしてそればかりか最後に「とてもいい意見をいただきました。ありがとうございました」と言ってくれたのです!

すごい。
こんな日が来るなんて、本当に、すごい。
医療施設が患者の声に真剣に耳を傾ける日が、やってきたんだ。
オーストラリアで見た「通院患者が自分の通っている病院を評価する日」。それが日本にもやってきたのです。
日本の医療施設と患者の壁を越える大きな第一歩だと、心から思いました。
患者とはもちろんFineだけではありません。
参加したすべての患者さんたち―仲間たち―の、私たちにとっての、第一歩なのです。

2週間にわたり行なわれた審査は無事終了しました。
これをきっかけとして、具体的に明日から何がどう変わるの? と言われてもそれはすぐには形として現われないかもしれません。けれど日本の医療のあり方が、少なくとも不妊治療に関わるこの一部の施設から、本当の意味での‘患者中心の医療’へと変わりつつあることを確信しています。そして、だからこそ、今このタイミングで、患者もこの第一歩を次のステップにつなげる必要があるのではないか。私は強くそう感じています。
私たちの声をもっと多くの人に届けたいという思いが、またさらに大きくなりつつあります。そして次にその小さな声をあげるのは、このレポートを読んでくれているあなたかもしれません。
もしもそうだったなら、私は最高に嬉しく思います。
大丈夫。みんなでやれば、きっと何かができる!
一人の小さな声ではどこにも届くことがなくても、みんなの声が集ればやがて大きな声になるのです。
長い間私たち不妊体験者が心の中で願ってきた思いを、やっと現実のものにできた。日本の患者が初めてどうどうと声を上げた、記念すべき第一歩。


今度は一緒に歩きましょう。
近いうちにきっと、声をかけます。
あなたに。
その日を楽しみに(!?)、待っていてくださいね。


RTAC監査(※)
RTAC=オーストラリア不妊学会生殖医療技術認定委員会。
オーストラリア不妊学会に属する施設が、体外受精とそれに関する専門的技術の実施における規則の指針となる一連の基準を満たしているかどうかを調査する機関をRTACといい、RTAC監査とはその審査のこと。
JISARTウェブサイト(URL:http://www.jisart.jp/

     




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