患者がクリニックを評価する日
(RTAC inspection同行レポート)2004/09  今日ちゃん

Fineが大切な使命と考えること
Fineでは、発足にあたり「設立準備アンケート」を実施しました。1カ月間で441人の方にご回答いただき、実にさまざまな意見をたくさんいただいたのですが、その中で、要望として特に大きかった声がふたつありました。

◎カウンセリングが必要だと思ったことがある? YES:77% NO:23%
◎病院やクリニックに対して、言いたくても言えない、代わりに誰かに言ってほしいことがある? YES:89% NO:11%

寄せられた意見をひとつひとつ、大切に読みながら、私たちは痛感しました。
「みんなすごく悩みがあるんだ」「みんな言いたいことがいっぱいあるんだ」このふたつは、なんとかしたい。心底思いました。「カウンセリング」と「病院への提言」。とても難しいけれど、とっても大切なことです。これはFineの大切な、そして大きな使命だと思いました。
けれど、どうしたらいいのか見当もつきませんでした。それが1年前のことです。
皆さん、そもそも「通院患者が、自分の通っているクリニックを評価する」なんてこと、今まで考えたことありますか? そんなことってありえると思いますか? 少なくとも日本ではとても考えられないことです。
しかし、実はオーストラリアにはあるんです。そんなすばらしいシステムが。
というわけで2004年9月、オーストラリアの生殖技術認定委員会(RTAC *1)が行なっているinspection(認定監査)に同行させていただきました!

「RTAC inspection」ってなに?
オーストラリアでは、1986年にオーストラリア生殖学会(FAS)が、IVF(体外受精)および関連技術に関する実施法の指針を定めました。安全な医療をフェアに提供するため、また患者満足度を向上するために作られたガイドラインです。そのガイドラインを各医療施設が遵守しているかどうかを判断するために3年に一度行なわれている厳しい認定監査のことを「RTAC inspection」といいます。RTACとは監査を行なうために1987年に設立された委員会の名称で、1チーム5人のスペシャリストで構成されているのですが、そのメンバーにすばらしい特色があります。医師代表委員、看護師代表委員、科学者(受精卵の培養などを行なう技術者)代表委員、カウンセラー代表委員、そして「患者代表委員」がいること(!)なのです。

患者代表が医療施設を監査する!?
そうなんです。認定の可否を判断する監査委員のひとりは、なんと、私たちのような不妊治療患者の代表者なんです! 患者が、患者の立場から、医療施設を監査するのです。このシステムを初めて聞いたときには本当にびっくりしました。だって、日本の医療の実態からは、とても考えにくいことですよね。
オーストラリアには、「ACCESS」(*2)という不妊治療患者の自助団体があり、RTACの患者代表委員はACCESSの中から選ばれたメンバー数名が任命されています(委員のプロフィールなどは、ACCESSのウェブサイトで見ることができます)。患者代表委員も、他の医師や看護師委員とまったく同じように監査を行ないます。さらに、監査内容には患者ならではの視点を大切にするRTACのもっとも特徴的な『患者ミーティング』という手順もあるのです。

通院患者の生の声の大切さ
認定監査は、おおむね5〜6時間を要します。1施設に1日かけてじっくり、丁寧に監査するのです。時間的に長いわけではないのですが、その間ずっと神経と脳をフル回転させて取り組むので、終わるころにはクタクタです。これがあと3日間も続くのかと思うと、気が遠くなりました。まず、さまざまな書類の監査。続いて施設内の設備。これについては、各委員がそれぞれのセクションの監査を行ないます。技術、看護、カウンセリングに関する専門的な監査は各委員が行ないますが、それ以外は全委員が同じように行ない、それぞれの視点からのチェックをするのです。そして、それらが一通り終わったら、いよいよ『患者ミーティング』が行なわれます。これは、事前募集を行なって、その施設の通院患者数名に当日集まってもらい、その方たちに、施設のいろいろなことを聞くというものです。チェックポイントは施設の運営がふだんからガイドラインにのっとっているものかどうかということ。つまり患者として不便なことや困ったことはないか、提供される情報やサービスは、患者にとって果たして本当に役に立ち、フェアなものであるかどうか。これが認定の可否を判断するためにとても大切な要素とされているのです。約1時間かけて、患者たちとディスカッションを行ないます。

患者ミーティングでは全員が対等に会話を!
このミーティングにはもちろん監査される施設のスタッフは一人もいません。ですから通院患者は誰に遠慮することもなく、本音で話すことができます。
同行のほかのメンバーはダメでしたが、私だけは「患者」であるということから、通院患者さんたちから許可をいただき、特例としてこのミーティングにも同席させていただくことができました。こちらでは何をするにしても、患者の意思やプライバシーを、とても大切にするのです。それにも驚きました。「いいなぁ。患者がとても守られているのだなぁ」とうらやましく思いました。
ミーティングでは、RTACの5人の委員と共に、質問項目に沿って、自由にディスカッションします。そこでは医師をはじめ、参加する通院患者も含め、全員がまったく対等に話をします。私はその光景を目の当たりにしたとき、度肝をぬかれました。だって私たち患者って、ふだん医師や医療関係者と対等に話をすることなどめったにありませんよね。やっぱり緊張&萎縮しませんか? それがまったくなかったのです。同時通訳をはさんでの見学でしたが、空気は肌で伝わります。最初はこんな世界もあるのかと、とてもフシギに感じました。けれど、時間がたつにつれ、徐々にわかってきました。
患者が手厚く保護されているのではない。それもあるけれど、決してそれだけじゃない。患者がとても自立しているのだ。自分の体と治療に対する関心が非常に高く、だからこそ患者は積極的に「本気で」接しているのだ、と。

患者ではなく、消費者として
私は最初、自己紹介をするときに、日本から来た患者ですという意味で「Pa
tient(患者)」という単語を使いましたが、一瞬けげんな顔をされ、こちらではそういう言い方はしないと教わりました。「Consumer(消費者)」というのだ、と。
このひとことにすべてが集約されているような気がしました。つまり、 患者は消費者として尊重されている。だからといって、「お客様」として威張る必要も、あがめられる必要もありません。そして患者は消費者として、自分の治療に関して知識と責任を持っているのです。だからこそ堂々と意見もいい、医師と対等に接することができるのです。
もちろん医療側の受け入れ体制は大切です。これだけの「聞く耳」を持つということは大前提でしょう。しかしそれを差し引いて考えても、オーストラリアの患者の自立はすばらしいものでした。地域性もあるのでしょうが、注射はほとんど自己注射。自分でできることは自分でします。また決して肩をいからせて「対等」と叫ぶのでもありません。肩肘を張らない「対等」です。
これは理想だと思いました。医療の提供者と消費者として、互いの信頼関係のもと、できる範囲でベストを尽くす。ものすごく自然体なのです。

患者の声の影響は大きい
話が戻りますが、このミーティングの結果は、もちろん即座に監査に反映されます。委員は患者の声をとても重く受け止め、時には認定の可否を左右することもあるそうです。これほどまでに患者の声は影響を持っているのです。これもまた驚きでした。でもよく考えてみれば、医療施設を利用するのはもちろん患者なのですから、利用者の声を聞くのは当然といえば当然なのですよね。
それにしてもこのシステムはうらやましい。まさにカルチャーショック!「日本では考えられないなぁ、まだまだ医患対等と患者の自立への道は険しい」
……そう考えて帰国したところ、なんと、驚くべき出来事が……。
波乱の展開が待ち受けるJISART施設認定審査レポートをご覧ください!


* 1 RTAC=Reproductive Technology Accreditation Committee
* 2 ACCESS URL:http://www.access.org.au/
     

左 :ブリスベン市内のクリニック入り口
中央:ブリスベン市内のクリニック受付
右 :ロックハンプトンのサテライトクリニック入り口




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